広島の原爆ドーム | eplesu
えぷりーず。京都で自分の起こした酵母でパンを焼いている小さなパン屋。
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*原爆ドームの前で語りべをされていた方から聞いたことを書いています。
私が間違って記憶していることもあるかもしれません。
また話の内容はとても想像を絶するものだったので読まれるかたはそう思って読んでくださいね。




原爆ドームに行って来ました。
お恥ずかしながらまだ1度も言ったことがなかったので。。。
朝8時半からということだったので朝一番から行って来ました。
もうすでにボランティアの方が語り部として立たれていて頭の下がる思いです。
知らなかった話も沢山。
屋根の丸い部分は十円硬貨と同じ銅で出来ていたそうです。
それが原爆が落とされて光った瞬間に溶けて蒸発して無くなったんだと言われました。

「太陽のような温度、五千度という熱がすぐそこにあった」

「よく原爆がおとされた瞬間に人は溶けて消えたのですか?と質問を受けますが溶けて無くなったりはしないんです。人の体には水分がたくさんあるので皮膚から数ミリほどまでの皮膚が焼けて溶けるんです。背中から被爆した女性の背中の皮膚が熱で溶けて沸騰してブクブクしてるのが見えたという話も聞いています。みんな溶けた皮膚を垂れ下げながら逃げまどったんです」

資料館にはもう顔の原形がわからない女性の写真や、背中だけが黒こげでうつ伏せになっている方の写真などもありました。
生き地獄と言われることがありますが写真は本当に生き地獄の世界。
だってこんな痛々しい姿で意識があるなんて。
もう吐き気が込み上げてきます。

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何故、地上600メートルと高い位置で爆発をさせたのか。
そんな事、考えたこともありませんでした。
「高い位置で爆発させると広範囲に被害を広げられるから」と聞いて顔が歪みました。

被爆で全身が溶けるような大火傷をした人
空中で爆発したための衝撃波で無くなった人(3トンもの圧力がかかり家の下敷きになって圧死された人も多かったそうです)

黒い雨で被爆した人(救助や身内を探しにきて被爆した人も多かったそうです)


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遠くの山の麓まで全滅だったそうです。
こうやって目の前でみるとあまりの広範囲で唖然とします。
この川も潮の満ち引きで死体の山だったそうです。
8月に起こったこと。
死体の腐敗はどんどん進むので、この方がどなたなのか丁寧に調べることもできません。
またそんな事が言える量の数ではないので山積みにして焼いていくんだそうです。
脳みそのある頭は焼けるのが遅いので首からちぎれた頭がゴロゴロと火から転がり落ちてくるんだそうです。
それをシャベルでまた火のなかへ戻す。。。
この作業も混乱のなかごく一般の方がされていたんでしょうか。

「今でも土の下にそのまま見つけ出すことが出来ずに眠られてる方たちは沢山いらっしゃる。この公園の下にも家のなかで圧死された方なんかはいらっしゃるはずです」

みて知ることは大事なことです。
実際目の前でみると全然違います。
何故戦争は起こしてはならないのか、放射能がなぜ怖いのかが迫ってくるように理解できます。
誰が巻き込まれるのか、どうなるのかが迫ってくるように理解できます。

被爆された方たちはご高齢で次の年代の方が伝える役目を継いでくださってることにも感謝の気持ちが湧きました。
この声をちゃんと伝え続けるということは大きな意味のあることです。
私たちは知らなければいけない。
伝えてくださる方に感謝です。

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