本ーーーー神去なあなあ夜話 | eplesu
えぷりーず。京都で自分の起こした酵母でパンを焼いている小さなパン屋。
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三浦しをん。
このシリーズ大好き。
ゆっくり丁寧に生きている田舎の人たちの生活が書かれています。
山の神様に毎日手を合わせて山で仕事をさせていただく。

このさせていただくって言うのが素敵だなと思います。
叱られたではなくて、叱っていただいたという書き方も出てきます。
謙虚に善意として受け取れれば学ぶことも多い。
結局は本人の受け取り方次第。
プラスにするもマイナスにするも自分次第なんですね。
我を折るのはすごく難しくて大変だけど しんどい思いをしてでも実行してるといつか楽になる。
周りの人たちとの繋がりを感じて その繋がりに感謝と暖かさを感じる。
我を折らず自分本意に流れればそのときは楽だけど、いつまでも我と闘い安らかな時がこない。
いつまでも孤独。

情けは人のため為らず。
この言葉を大切にするようになって。。。。6、7年でしょうか。
前の仕事を始めてすぐの頃は「なんで私がこんなことまでしてあげなあかんの?」「ここまでしてあげるべき?」「プライド捨ててまで、我を折ってまでせなあかんの?」と毎日のように思ってました。
罵倒されても笑顔?
星の金貨のように全てを投げ出せと?
左の頬を叩かれたら右の頬を出せと?
恥ずかしい話ですが、堪り兼ねて「ここまでするべきなんですか?ここまで甘やかすべきなんですか?」と直談判したこともあります。
その度に「してください。(本当は意味がわかってやるべきですが)意味がわからなくてもやってください」と言われ不承不承するといった最低なやり方をしていました。
意味もわからず嫌々続けること数年。
最低な私に「いつもありがとう」「あんたが見ててくれるからホッと安心できる」なんて言って頂けることが出てきて、
私の失敗にも「かまへん。わざとじゃないのはわかるから」「いっつもしてくれてるし許しとくわ 笑」と文句ひとつ言わずにゆるしてもらえたり。
八つ当たりのように罵倒されていたら庇ってもらったり、援助を呼びに走ってくださったり。
ここまで来てやっと恥ずかしい自分を振りかえることができました^^;
情けは人のため為らず。
与えたように見えるものも全て自分に返ってくるのだから傲るべからず。
しょせん自分のためなんだから与えてる気になってるのがおかしいと気付きなさいと(笑)
おー恥ずかしい(>o<")
今でも恥ずかしい事を繰り返してやらかしまくってるのでダメダメは変わってはないんですけど。
まぁそれも「なあなあ」です。

話が逸れましたが、なんとも暖かくて清々しい気持ちになる本です。
私もゆっくり丁寧に優しい気持ちで日々を過ごしたい。



情けは人のため為らずなんて言ってたら悪い人に利用されるのではないかと友達と議論したときの会話。

「もとが純真無垢な聖人君子じゃないから汚い心は自分の中で見慣れてるかも」
「あ、だから胡散臭い臭いはけっこう臭いかぎ分けるかもって?」
「そー!ズルさを持ってるからズルさを見抜ける?」
「なるほどー。そしたら欠点も意外と役にたつやん♪」
「でも上は上がいるから油断禁物(笑)」
「そや!」

自分の嫌なところも含めて自分と言うことなんでしょうか。
欠点にも救われる。
確かに見抜く目というのも必要ですしね。


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